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東京高等裁判所 平成9年(行ケ)201号 判決

東京都大田区山王二丁目5番6号213

原告

池田毅

訴訟代理人弁理士

役昌明

大橋公治

平野雅典

林紘樹

東京都千代田区霞が関三丁目4番3号

被告

特許庁長官

伊佐山建志

指定代理人

木南仁

鈴木匡明

吉村宅衛

廣田米男

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第1  原告が求める裁判

「特許庁が平成8年審判第4103号事件について平成9年6月26日にした審決を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決

第2  原告の主張

1  特許庁における手続の経緯

原告は、昭和61年2月8日、発明の名称を「ノイズ・フィルタ」とする発明(以下「本願発明」という。)について特許出願(昭和61年特許願第24925号)をしたが、平成8年1月30日に拒絶査定を受けたので、同年3月27日に拒絶査定不服の審判を請求し、平成8年審判第4103号事件として審理された結果、平成9年6月26日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決を受け、同年7月12日にその謄本の送達を受けた。

2  本願発明の特許請求の範囲(別紙図面A参照)

間隔をあけて一対のリード端子を設けた帯状の通電導体と、少なくとも一つのリード端子を設けた帯状の接地導体とを帯状絶縁体を介して重ね合わせたのち巻回してなるノイズ・フィルタにおいて、上記接地導体に設けた少なくとも一つのリード端子と上記通電導体に設けた一方のリード端子とを、巻回された状態において上記通電用リード端子と上記接地用リード端子を端子構造上許容され且つ減衰特性が急激に劣化しない限度で接近させて配置し、完成された状態で上記各リード端子の間隔が基板実装上のリードピッチと合致するようにしたことを特徴とするノイズ・フィルタ。

3  審決の理由

別紙審決書「理由」写しのとおり(なお、審決が援用する昭和57年実用新案出願公開第109621号公報を、以下「周知例」という。)

4  審決の取消事由

審決は、引用例記載の技術内容を誤認し、本願発明との対比判断を誤った結果、本願発明の進歩性を否定したものであって、違法であるから、取り消されるべきである。

(1)一致点の認定の誤り

審決は、本願発明と引用例記載の発明は、通電用リード端子と接地用リード端子とを巻回された状態において「近傍」に配置する点で一致する旨認定している。

審決の上記認定は、引用例記載の第2の帯状通電導体(以下「接地導体」という。)がその一端部近傍に1本のリード線(以下「接地用リード端子」という。)を設けていることを前提として、これと、両端部近傍に一対のリード線(以下「通電用リード端子」という。)を設けた第1の帯状通電体(以下「通電導体」という。)とを巻回すれば、通電用リード端子と接地用リード端子は近傍に配置されることになることを論拠とするものである。しかしながら、引用例には、接地用リード端子を接地導体の一端部近傍に設けることは記載されていないから、審決の上記認定は誤りである。

この点について、被告は、別紙図面B第3図には通電用リード端子7に対応する位置に接地用リード端子10が図示されているから、接地用リード端子は接地導体の一端部近傍に設けられているとみるのは当然である旨主張する。

しかしながら、別紙図面B第3図の正確性には疑問があるうえ、仮に通電用リード端子7に対応する位置に接地用リード端子10が設けられているとしても、通電導体と接地導体との間に帯状絶縁体を介してチューブラ形に巻回すると、内側の導体の半径と外側の導体の半径が異なり、通電用リード端子7と接地用リード端子10とが接近することにはならないから、被告の上記主張は失当である。

(2)相違点Ⅰの判断の誤り

審決は、相違点Ⅰに係る構成はノイズ・フィルタの構成として格別なものではなく、当業者が必要に応じて容易になしうる旨判断している。

しかしながら、相違点Ⅰに係る本願発明の構成は、通電用リード端子と接地用リード端子の相対距離が変化すると減衰特性が変動するという知見がなければ得ることができないが、引用例あるいは周知例にはそのような知見は何ら記載されていないから、審決の上記判断は誤りである(なお、審決は、本願発明のフィルタはπ型である旨説示しているが、本願発明のフィルタは逆L型である。)。

第3  被告の主張

原告の主張1ないし3は認めるが、4(審決の取消事由)は争う。審決の認定判断は、正当であって、これを取り消すべき理由はない。

1  一致点の認定について

原告は、本願発明と引用例記載の発明は通電用リード端子と接地用リード端子とを巻回された状態において「近傍」に配置する点で一致する旨の審決の認定は、引用例記載の接地導体がその一端部近傍に接地用リード端子を設けていることを前提としているが、引用例には接地用リード端子を接地導体の一端部近傍に設けることは記載されていない旨主張する。

しかしながら、引用例には、通電用リード端子を通電導体の両端部近傍に設けることが記載されているところ、その実施例を示す別紙図面B第3図には、通電用リード端子7に対応する位置に接地用リード端子10が図示されているから、接地用リード端子は接地導体の一端部近傍に設けられているとみるのは当然であって、このことは周知例にも示されているように本出願前の慣用技術である。したがって、一致点に関する審決の認定に誤りはない。

2  相違点Ⅰの判断について

原告は、相違点Ⅰに係る本願発明の構成は、通電用リード端子と接地用リード端子の相対距離が変化すると減衰特性が変動するという知見がなければ得ることができないが、引用例あるいは周知例にはそのような知見は何ら記載されていない旨主張する。

しかしながら、周知例の実施例を示す別紙図面Cには各引出し端子部10を少しづつ離して配置することが図示されている。そして、電気装置において複数の端子を異なった電位点に接続する場合、端子間の短絡あるいはリーク現象等を防止するため必要とされる間隔だけ離して配置すべきことは技術常識であるから、相違点Ⅰは格別なものではないとした審決の判断に誤りはない(なお、原告は、本願発明のフィルタは逆L型である旨主張するが、本願発明の特許請求の範囲には「少なくとも一つのリード端子を設けた帯状の接地導体」と記載されているから、本願発明が対象とするフィルタがπ型も含むことは明らかである。)。

理由

第1  原告の主張1(特許庁における手続の経緯)、2(本願発明の特許請求の範囲)及び3(審決の理由)は、被告も認めるところである。

第2  甲第2号(願書添付の明細書)及び第3号証(手続補正書)によれば、本願発明は電源回路等に接続してノイズ及び脈動成分を抑制するために使用するノイズ・フィルタに関するものであって(明細書1頁14行ないし16行)、両端部近傍に一対のリード線を接続した帯状通電導体と、一端部にリード線を接続した帯状接地導体とを帯状絶緑体を介して重ね合わせチューブラ形に巻回したノイズ・フィルタは知られているが(同2頁3行ないし8行)、本願発明の発明者は、帯状通電導体に設けた導電用リード端子と帯状接地導体に設けた接地用リード端子との相対的距離の変化によって減衰特性が著しく変動し(同2頁15行ないし19行)、接地用リード端子の取付位置が導電用リード端子のいずれか一方の取付位置に接近しているものが優れた減衰特性を示すと知見を得て(同4頁2行ないし6行)、その特許請求の範囲記載の構成(手続補正書2枚目2行ないし9行)を採用したものと認められる(別紙図面A参照)。

第3  そこで、原告主張の審決取消事由の当否について検討する。

1  一致点の認定について

原告は、引用例には接地用リード端子を接地導体の一端部近傍に設けることは記載されていないから、本願発明と引用例記載の発明は通電用リード端子と接地用リード端子とを巻回された状態において「近傍」に配置する点で一致する旨の審決の認定は誤りである旨主張する。

検討すると、甲第4号証によれば、引用例記載の発明はノイズ・フィルタに関するものであって、その特許請求の範囲には「両端部近傍に一対のリード線を接続した鉄箔などの第1の帯状磁性導電体」(1頁左下欄5行、6行)と記載され、通電用リード端子の配設位置は明らかにされているが、接地用リード端子の配設位置は明記されていないことが認められる。しかしながら、引用例記載の発明の実施例を示す別紙図面Bの第3図には、接地用リード端子10を、通電用リード端子7あるいは8と同じく導体の端部近傍に設けたものが明らかに図示されているし、そもそも、ノイズ・フィルタの接地用リード端子を接地導体の一端部に配設することは、前記のように本願明細書に従来技術として記載されており、また、周知例(甲第5号証。別紙図面C参照)にもみられるように、本出願前から普通に行われていた事項にすぎない。そして、引用例記載の発明において特にこれと異なる配設位置を採用しなければならない理由は考えられないから、一致点に関する審決の認定に誤りはない。

この点について、原告は、別紙図面Bにおいて仮に通電用リード端子に対応する位置に接地用リード端子が設けられているとしても、通電導体と接地導体との間に帯状絶縁体を介してチューブラ形に巻回すると内側の導体の半径と外側の導体の半径が異なり、通電用リード端子と接地用リード端子とが接近することにはならない旨主張する。

しかしながら、両端部近傍に一対の通電用リード端子を設けた通電導体と、一端部近傍に1つの接地用リード端子を設けた接地用導体とを絶縁体を挟んでチューブラ形に巻回すれば、接地用リード端子が通電用リード端子のいずれかと接近することになるのは当然であって、絶縁体の厚みなどによる通電用リード端子の位置と接地用リード端子の位置とのずれの調整は、当業者ならば適宜に設計しうる範囲内の事項にすぎないと考えられるから、原告の上記主張は失当である。

2  相違点Ⅰの判断について

原告は、相違点Ⅰに係る本願発明の構成は通電用リード端子と接地用リード端子の相対距離が変化すると減衰特性が変動するという知見がなければ得ることができないが、引用例あるいは周知例にはそのような知見は何ら記載されていない旨主張する。

しかしながら、電気装置において複数の端子を異なった電位点に接続する場合、端子間の短絡あるいはリーク現象等の不都合を防止するために各端子間を必要とされる間隔だけ離して配置すべきことは技術常識に属する事項にすぎない(ちなみに、周知例の実施例を示す別紙図面Cには3つの引出し端子部10を少しづつ離して配置することが図示されているが、これも端子間の短絡等の不都合を防止することが一つの理由であると考えられる。)。また、引用例記載のものがノイズ・フィルタとして機能している以上、その通電用リード端子と接地用リード端子が減衰特性が急激に劣化しない限度で接近して配置されていることも明らかである。したがって、原告主張の上記知見がなければ相違点Ⅰに係る本願発明の構成を得ることができないとはいえないから、相違点Ⅰは格別なものではないとした審決の判断にも誤りはない

第4  以上のとおりであるから、本願発明の進歩性を否定した審決の認定判断は正当であって、審決には原告主張のような違法はない。

よって、審決の違法を理由にその取消しを求める原告の本訴請求は、失当であるからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条の各規定を適用して、主文のとおり判決する。

(口頭弁論終結日 平成10年10月20日)

(裁判長裁判官 清永利亮 裁判官 春日民雄 裁判官 宍戸充)

別紙図面A

〈省略〉

1、2……通電用リード線

4……接地用リード線

別紙図面B

〈省略〉

6、9……帯状磁性導電体

7、8、10……リード線

11……帯状絶縁体

12……ノイズ・フィルタ

別紙図面C

〈省略〉

10……引出し端子部

11……ライン用金属箔

12……絶縁シート

理由

Ⅰ. 本願は、昭和61年2月8日の出願であって、その発明の要旨は、平成8年10月28日付けの手続補正書により補正された明細書及び図面の記載からみて、その特許請求の範囲に記載されたとおりの、

「間隔をあけて一対のリード端子を設けた帯状の通電導体と、少なくとも一つのリード端子を設けた帯状の接地導体とを帯状絶縁体を介して重ね合わせたのち巻回してなるノイズ・フィルタにおいて、上記接地導体に設けた少なくとも一つのリード端子と上記通電導体に設けた一方のリード端子とを、巻回された状態において上記通電用リード端子と上記接地用リード端子を端子構造上許容され且つ減衰特性が急激に劣化しない限度で接近させて配置し、完成された状態で上記各リード端子の間隔が基板実装上のリードピッチと合致するようにしたことを特徴とするノイズ・フィルタ。」にあると認める。

Ⅱ. これに対し、当審で平成8年7月26日付けで通知した拒絶の理由に引用した、特開昭60-27212号公報(以下、引用例という)には、明細書及び図而を参照して、両端部近傍に一対のリード線を接続した第1の帯状通電導体と、一端部近傍に1本のリード線を接続した第2の帯状通電導体を絶縁シートなどの帯状絶縁体を介してチューブラ形に巻き込み、第1の帯状通電導体を第2の帯状通電導体とともに分布容量を有するコイルに形成したノイズフィルタが、記載されている。

Ⅲ. 本願発明と上記引用例に記載されたものとを対比すると、引用例記載のものの「第1の帯状通電導体」、「第2の帯状通電導体」、「巻き込み」、「リード線」は、本願発明の「帯状の通電導体」、「帯状の接地導体」、「巻回」、「リード端子」に相当し、引用例記載のものにおいて巻き込まれた状態で第1の帯状通電導体に設けた一方のリード端子と第2の帯状通電導体のリード端子は近傍に配置されることになるから、本願発明に対応させると、両者は、「間隔をあけて一対のリード端子を設けた帯状の通電導体と、少なくとも一つのリード端子を設けた帯状の接地導体とを帯状絶縁体を介して重ね合わせたのち巻回してなるノイズ・フィルタにおいて、上記接地導体に設けた少なくとも一つのリード端子と上記通電導体に設けた一方のリード端子とを、巻回された状態において上記通電用リード端子と上記接地用リード端子を近傍に配置するようにしたことを特徴とするノイズ・フィルタ。」の点で一致し、次の点で一応相違する。

相違点Ⅰ

上記接地導体に設けた少なくとも一つのリード端子と上記通電導体に設けた一方のリード端子とを近傍に配置するに際し、本願発明では、「端子構造上許容され且つ減衰特性が急激に劣化しない限度で接近させて」配置するとしているのに対して、引用例記載のものではそのような記載のない点。

相違点Ⅱ

リード端子の間隔が、本願発明では「完成された状態で上記各リード端子の間隔が基板実装上のリードピッチと合致する」ようにしているのに対して、引用例記載のものではそのような記載のない点。

Ⅳ. そこで前記相違点について検討すると、

相違点Ⅰについて

本願発明では、引用例に記載されたような従来知られている構造のノイズ・フィルタについて、その特性を実験し、接地導体のリード線の取付位置が通電導体のリード線の取付位置と接近しているほど特性の良いことを確認し、その結果接地導体に設けた少なくとも一つのリード端子と通電導体に設けた一方のリード端子とを、端子構造上許容され且つ減衰特性が急激に劣化しない限度で接近させて配置するとしたものと認められる。

しかし、本願発明、引用例に記載されたものに共通するノイズ・フィルタにおいて、各帯状導体の端部へ各リード端子を接続した構成の、いわゆるπ型の接続構成のものが広帯域フィルタ特性を有することが、例えば本願の従来例に記載され、また実願昭55-186229号(実開昭57-109621号)のマイクロフィルムに見られるように、知られており、これらと同様な構造を有する引用例記載のものにおいても巻回された状態で通電用リード端子と接地用リード端子とは近傍に配置され、同様に広帯域フィルタ特性を得ているものと認められる。

そして、接近して配置される複数の端子を絶縁上の問題など端子構造上必要とされる間隔だけ離して配置することは、技術的事項として当然に配慮されること(例えば、上記した実願昭55-186229号(実開昭57-109621号)のマイクロフィルムを参照)であり、また通電用リード端子と接地用リード端子とを端子構造上必要とされる間隔だけ離して近傍に配置したものは、ノイズフィルタとして機能する以上当然に「減衰特性が急激に劣化しない限度」の範囲内にあると認められる。

なお、審判請求人は、接地導体に設けたリード端子と通電導体に設けたリード端子との相対距離が変化すると減衰特性が変動するという現象を見いだした知見に基づくものである、旨を主張している。しかし、該知見に基づくものであったとしても、本願発明は、物の発明としてのノイズ・フィルタに関するものであり、かつ、物の発明としての構成においても前述のとおりであるから、上記主張を発明の判断において格別意味あるものとすることができない。

従って、相違点Ⅰは、ノイズフィルタ自体の構成として格別なものではなく、当業者において必要に応じて容易になし得ることと認められる。

相違点Ⅱについて

本願発明に関連するノイズ・フィルタをも含めて、基板上に実装される電気部品において、完成時にリード端子の間隔を基板実装上のリードピッチと合致するようにすることは、当業者における周知の慣用されている事項であり、また基板実装上のリードピッチについて何等の限定をも有するものでないから、この点は当業者において任意になし得る設計的事項にすぎない。

Ⅴ. したがって、本願発明は、引用例に記載された発明に基いて当業者が容易に発明をすることができたものと認められるので、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。

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